福岡高等裁判所那覇支部 平成9年(ネ)48号 判決 1997年7月31日
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
(主位的請求)
控訴人は、被控訴人に対し、別紙目録記載の特許権の控訴人の共有持分につき移転登録手続きをせよ。
(予備的請求)
被控訴人が別紙目録記載の特許について特許権を有することを確認する。
第二 事案の概要
1 被控訴人は、平成四年八月一一日、補助参加人(以下、単に「参加人」という。)と生ゴミ処理装置の共同開発研究事業契約を結び、参加人は、業務用生ゴミ処理装置を発明した(以下、これを「本件発明」という。)。そこで、被控訴人は、本件発明にかかる特許出願の手続事務を被控訴人の取締役である控訴人に任せ、同年一〇月二九日、本件発明について特許権者を参加人及び被控訴人とする特許の共同出願がされた。その後、控訴人は、平成五年六月二五日に被控訴人から右特許を受ける権利を譲り受けたとして、同年六月二九日、被控訴人の出願名義を控訴人に変更するとの出願人の名義変更届けをし、平成八年三月二八日、本件発明について特許権者を参加人及び控訴人とする別紙目録記載の特許(以下「本件特許」という。)が登録された(以上の事実は争いがない。)。
2 本件は、被控訴人が、控訴人に対し、右特許を受ける権利を譲渡してはいないと主張して、第一請求記載のとおり、主位的に、本件特許の控訴人の持分の移転登録手続きを、予備的に、被控訴人が本件特許を有することの確認を求めるものである。
なお、被控訴人は、右共同開発研究事業契約締結時に、本件特許を受ける権利の持分五分の一を譲り受けることを参加人と合意したと主張している。
3 控訴人は、これに対し、(1)特許庁の無効審判手続きによることなしに本件のような請求をすることはできないと主張し、次いで(2)本件発明は参加人と控訴人の共同の発明である。当初、参加人と被控訴人の共同出願をしたのは、従業員の発明は自動的に使用者(被控訴人)の発明になり、また、前記共同開発研究事業契約があるため本件特許を受ける権利は参加人と被控訴人に帰属していると誤解したことによるもので、その後、これが誤りであると分かったので、前記出願人の名義変更届けをしたものであると主張する。
4 したがって、本件における争点は、そもそも、(1)特許を受ける権利を有する者と現実に登録された特許権者が異なる場合に、特許を受ける権利を有する者が特許の移転登録手続きの請求権を有するか、また、特許権が右特許を受ける権利を有する者に帰属することの確認を求めることができるか否かということと、これが肯定できる場合に、(2)本件特許を受ける権利が被控訴人に帰属していたか否かである。
第三 当裁判所の判断
一 本件特許の移転登録手続請求権の有無
1 産業上利用できる発明をした者は、その発明について特許を受ける権利を有し、この特許を受ける権利は譲渡が可能であるから、発明者または右権利の譲受人は、右発明について特許庁に対し特許の付与という行政処分を求める特許出願権を有する(特許法二九条一項、三三条一項)。
2 そして、特許法では、出願後特許登録がされる間において、いわゆる冒認先願について拒絶査定をすることを定めている(同法四九条六号)が、出願者を冒認出願者から真の出願権者に変更することを求める請求権については、これを認める明文の規定はない。しかし、冒認出願後それに対する特許の設定登録がされるまでは、右出願に対する行政処分(登録)がされていない特許権の発生が未確定な状態にあり、この段階においては、冒認出願は特許出願でないものとみなし(同法三九条六項)、冒認出願につき右拒絶査定をすることとして、真実の出願権者による出願に特許が付与されるよう法律上の配慮をしている趣旨に鑑みると、特許を受ける権利の承継があった場合に特許庁長官に対する届け出によって出願人を変更できるとしている同法三四条の規定を類推適用して、真実の出願権者は、特許庁長官に対し、特許を受ける権利を有することを証明して、出願者を冒認者から真の出願権者に変更する届け出ができ、右証明のため、冒認者に対し、当該発明につき真の出願権者が特許を受ける権利を有することの確認判決を求めることができると解すべきである。
3 しかし、冒認出願ではあっても、これに対して特許が付与された後は、右のような特許付与前と同様の方法によって、出願人の変更が認められると解することはできない。
なぜならば、特許権は、行政処分である設定の登録によって発生するのであって(同法六六条一項)、冒認出願に対して特許の設定登録がされた場合であっても、権限のある者によってこの特許が無効と判定されるまでは、これは有効な特許として取り扱われなければならない。そして、当該発明につき特許を受ける権利を有する者など審判請求について正当な利益を有する者は、右特許の無効の審判を請求することができ(同法一二三条一項六号)、右無効の審判は行政処分ではあるが、特許法第六章の各規定を見ると、その手続きは準司法的な争訟手続きの性格を帯びていて、当該特許の無効事由の存否については、適正な専門技術的な立場からの判断が不可避であるため、第一次的に行政(審判)機関の判断(審決)に委ねられ、その後は、司法機関におけるその審決の取消訴訟等の行政訴訟手続きによることとしている(同法第八章)ものである。
したがって、右無効審判手続きに先立って、真の権利者から冒認出願による特許権者に対する特許権返還請求又は特許出願権の確認請求について、司法判断をすることは、とりもなおさず、裁判所が真の権利者が求める特許権の設定処分をしあるいは特許庁に同様の設定処分を命ずるのと同様の結果となり、これは右のような特許争訟手続きの趣旨及び制度に悖ることになるからである。
このような理由から、冒認出願であっても、これに対し特許の設定登録がされた後は、何人にも当該特許の返還を求める請求権はなく、特許出願権の確認を求める権利はないといわなければならない。
4 してみれば、本件においては、既に本件発明について特許の設定登録がされているのであるから、本件出願が冒認出願であるか否かすなわち被控訴人が真の出願権者であるか否かについて検討を加えるまでもなく、控訴人に対し、本件特許の控訴人の持分につき移転登録手続きを求める被控訴人の本件主位的請求は理由がない。
二 特許権の確認請求について
1 被控訴人は、予備的に、控訴人との間で、被控訴人が本件特許権を有することの確認を求めるが、前述のように、特許権は、特許の設定登録によって発生するものであり、控訴人の名義変更届け出が無効であっても、前記事案の概要の項に記載した事実によると、被控訴人は、たかだか参加人との共同出願をしている状態に止まっているにすぎず、本件発明について特許の設定登録を受けていないのであるから、本件発明について特許権を有しないことは明らかであり、右確認請求は理由がない。
2 いま仮に、右確認請求を、本件発明について被控訴人が特許を受ける権利を有することの確認を求めているものと解するとしても、前一項において説示したところから、このような請求もやはり理由がないというべきである。
なお、被控訴人は、本件特許を受けた発明と全く同一の本件発明につき、既に参加人との共同出願をしているから、控訴人が行った名義変更手続きが無効であるとして本件特許について無効の審決があれば、他の要件を具備する場合には、改めて出願を要せず、本件発明について特許を受けることができる余地もある。
三 結論
以上のとおり、被控訴人の本件主位的請求及び予備的請求はともに理由がなくこれを棄却すべきであるから、右主位的請求を認容した原判決は失当であり、本件控訴は理由がある。
よって、原判決を取り消し、被控訴人の右各請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(別紙目録は、第1審判決添付のものと同一につき省略)